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アニメの感想を書いていきます。

劇場版「SHIROBAKO」の感想

劇場版SHIROBAKOを見てきた。本当に良い映画だったし色々と思うところもあった。今すぐにでも見返したい思いでいっぱいだ。
以下、思いっきりネタバレしながら感想を書いていく。自分の考えを整理するためでもあるので、他の見どころや解釈などを教えていただけると嬉しいです。ちなみにめちゃくちゃ長いです。

5年経ったムサニ

作中では現実と同じ5年という月日が流れている。TVシリーズの後、ムサニはしばらく順調だったけど、オリジナル作品「タイマス」が製作会社の都合でお蔵入りになってしまった(通称「タイマス事変」)。社長の丸川は責任を取って引退し、プロデューサーの渡辺が新しく社長に就任している。その結果、あおいはこの若さでプロデューサーになっている。

「タイマス事変」後、ムサニに残ったのはあおいと佐藤(制作)、円(演出)、堂本(動検)、新川(色彩)、佐倉(撮影)、興津(総務)達だけだ。そこに新人制作である高橋が加わった状態で物語がスタートする。

他の登場人物にも大きな変化が訪れていて、前に進んだ人たちもいる。絵麻(作監)はフリーになり、久乃木 (原画)とルームシェアをしながら自宅作業にシフトし、順調にキャリアを積んでいる。佐藤の同期だった安藤(制作)は他社に移った。井口(キャラデザ)や小笠原(原画)、瀬川(作監)や下柳(3D監督)もそれぞれ社外で活躍しているようだ。山田(演出)はツーピースを筆頭にヒット作を連発し、今や国民的な監督になっている。見ていて一番うれしかったのが、当時制作だった高梨が演出に転向し、平岡(制作)とコンビを組んで企画の持ち込み等を行っているところだ。TVシリーズでは高梨と平岡がめちゃくちゃ好きだったので、この二人が夢に向かって進んでいる姿を見ただけでもう泣きそうになった。

立ち止まってしまった人達もいる。丸川は引退してしまった。「タイマス事変」の責任を取るシーンで、あんな真面目な丸川を初めて見たのですごく動揺してしまった。しばらくはカレーを作る気にはなれなかったというセリフがものすごく辛かった。今は立ち直ってカレー屋を営んでいる。杉江(原画)も年齢のせいか自宅作業にシフトしており、ほぼ半隠居状態となっている。矢野(制作)は病床に伏す父親を支えるために休職して実家に戻っている。渡辺(現社長)と興津(総務)は「タイマス事変」後、時が止まってしまったように見える。この二人については後でまた書くけど、本当にムサニに、宮森に懸けていたものがあったんだと思う。木下(監督)と遠藤(作監)は「タイマス事変」後、もぬけの殻になってしまった。特に遠藤の荒れようはひどく、ほぼ仕事をしておらず、妻に養ってもらっている1

まあね...先にリリースされていた主題歌「星をあつめて」の歌詞を見た時点で、「これムサニがバラバラになる話になるな...?」って思ったけど、ここまでバラバラになってると本当に見てて辛かった...TVシリーズのムサニが本当に好きだったから、もうあの頃のムサニがないんだなって思うと泣きそうになってしまったね...

あおいの決意

そして「タイマス事変」後に泣かず飛ばずになっていた葛城(メーカーP)が、制作会社「げ〜ぺ〜う〜」の怠慢で頓挫しかけていた劇場版「空中強襲揚陸艦SIVA」の企画を渡辺(現社長)に持ち込んだことで、劇場版「SHIROBAKO」が始まる。

渡辺から劇場版の話を聞かされたあおいは、劇場版を作るべきか悩むことになる。話を聞かされた時点で2019年4月で、劇場公開は2020年2月。どう考えても間に合うスケジュールではない。そして何より、あおいはかつてのムサニに思いを馳せて立ち止まってしまっている。そんなあおいの背中を押したのが平岡(制作)と丸川(前社長)だ。平岡は「何かを変えるためにジタバタするべき」、丸川は「新しいアニメを作るべき」とあおいに伝えた。

この二人が背中押すっていうのが本当に良くて、TVシリーズで丸川の若かりし頃を演じていたのは平岡を演じている小林裕介さんだった。これは間違いなく意図してのキャスティングだと思うので、この二人にはきっと制作として大切な様々なものが詰め込まれているんだと思う。何よりも、前を向いた平岡があおいの背中を押すっていうのが本当に、本当にね...ありがとうSHIROBAKO...平岡は自分を見捨てなかったあおいに相当な恩を感じてるんだろうな...

二人に背中を押された後、あおいは劇場版を作る決心をするが、その描写が謎のミュージカルである。あおいが好きだったアニメや携わってきたアニメのキャラクター達が総出演し、宮森と一緒に歌を歌って決心する。いやマジで意味がわからなくて笑ったよね...「え、決心する描写は言葉にしないんだ???そうするんだ???」って思った。

現実でもアニメが勇気をくれることは(オタクには)よくあることだけど、それは言葉として簡単に表現できることじゃない。今まで見てきたアニメ全ての積み重ねだからこそ、この「アニメがあおいの背中を押す」シーンをミュージカル演出にしたんだって思う。

ムサニの再結成

「SIVA」を作る決意をしたあおいは、渡辺(現社長)、葛城(メーカーP)とその部下である宮井(アシスタントP)とともに制作を始動させる。9ヶ月しか時間がないため、あおいはお蔵入りしてしまった「タイマス」の設定を活かして「SIVA」を制作することを提案し、「タイマス」を作っていたかつてのムサニメンバーに声をかけていくことになる。

タイマスならば監督は木下以外にいないということで、まずは木下の説得に向かう。木下は最初は断るが、かつて制作デスクだった本田(現在は勤め先のケーキ屋の二号店を任されている)の助力もあり、「SIVA」を引き受けることになる。どうでもいいけど本田さん完全にヒロインだよね。木下監督とお幸せに。

キャリアアップしてムサニを離れていった人たちは、忙しいにも関わらず「SIVA」の仕事を喜んで引き受けてくれた。みんなムサニに多くの思い入れがある。あのTVシリーズで描かれた日々は、みんなの心の中で大きな存在でい続けてるんだろうなって思うと本当に嬉しくなった。矢野(制作)も復帰し、相変わらず釣りばかりしている池谷(演出)を引っ張ってきてバリバリ仕事をしてくれている。あまり描写はなかったが、渥美(美術)や「三女」で手伝ってくれた人たちも力を貸してくれている。

TVシリーズでは頼りになった舞茸(脚本)も喜んで「SIVA」を引き受けてくれた。後述するが、SIVAの話作りにおける舞茸の苦悩が、メインキャラたちに大きく関わっていくことになる。

スタッフ集めの一つの山は、「タイマス事変」で心が折れた遠藤(作監)を立ち直らせることだった。まず、下柳(3D監督)が遠藤のライバルである瀬川(作監)に依頼し、遠藤をたきつけようとするが失敗してしまう。次に下柳が遠藤を「SIVA」のロケハン先である水族館に連れ出す。「SIVA」の設定を渡しあおいと木下、そして自分が遠藤以外にメカデザインはありえないと考えていること、そして遠藤ならどうするか聞かせてほしいことを伝えてその場を去る。最終的には奥さんの支えもあり、遠藤はムサニに復帰することになる。このシーンは、TVシリーズで描かれていた人間関係を別の角度からきれいに描いたなと感じた。瀬川はTVシリーズではプロフェッショナルとして周りと接していたけど、劇場版では正論を言って遠藤を傷つけてしまったことに落ち込んでいる。本当は色々悩みながら周りと接してるんだなって感じた。そして何よりも下柳である。いつのまに遠藤とタメ口で話すようになったんだマジでてえてえ。下柳がストレートに遠藤に「一緒に仕事したい」と伝えるのが本当に本当に良かった。

こうしてかつてのムサニメンバーが勢揃いし、「SIVA」を作っていくことになる2。序盤のムサニ半解散状態のショックがでかすぎたこともあって、かつてのムサニメンバーが次々と集まっていくシーンは本当に泣きそうになった。

主題歌である「星をあつめて」の「星」はムサニメンバーのことなんだと思う。今は別々のところで輝いてるけど、「SIVA」では集まって一緒に仕事している。それが本当に嬉しかった。

「SIVA」の制作と元・上山高校アニメーション同好会5人の成長

いざ「SIVA」を作ろういうところで、舞茸(脚本)がスランプに陥ってしまう。納得の行くオチを書けていないことと、主要キャラである「アルテ」の扱いに悩んでいる二点が原因だ。

それと同時に、しずか(声優)は自身の売出しの方向性に悩んでいた。顔出しの仕事が増え人気も出てきたが、声優としての仕事は多くない。そこで恩師である縦尾(声優)に相談し、事務所に直談判して「SIVA」のオーディションを受けることになる。

舞茸はオーディションでしずかの演技を聞き、「三女」のルーシーを思い出す。インスピレーションを得た舞茸(脚本)はしずか(声優)に急遽「アルテ」も演じるように頼む。しずかによる「アルテ」の演技を聞いた舞茸は活路を見出し、弟子であるみどり(脚本)に相談しながら、「SIVA」の脚本を完成させる。これを機に舞茸はみどりを弟子ではなく自身の商売敵と認めるようになる。

脚本完成の原画・3D作業では、絵麻(作監)と美沙(3D)が壁にぶつかることになる。絵麻は原画と作監を同時にこなすことに苦心し、作監作業で小笠原(原画)の原画のクオリティを落としてしまい、円(演出)にリテイクを言い渡される。また、美沙は後輩との接し方に悩み、仕事を一人が抱え込んでパンクしてしまっていた。

そんな時に杉江(原画)が、「SIVA」の原画を引き受けるかわりに、元・上山高校アニメーション同好会の5人に地域の子ども向けのイベントを手伝うよう依頼する。そのイベントはアニメ作りを子供に教える仕事で、5人は子どもたちに振り回されながらも、見事に子どもたちにアニメ作りの楽しさを教えることに成功する。それは同時に、子どもたちから5人が様々なことを教わった瞬間でもあった。その経験を元に、絵麻は作監作業を成功させ、美沙は後輩にうまく仕事を割り振り、打ち解けられるようになった。

このように、元・上山高校アニメーション同好会の5人の成長と、「SIVA」の制作状況がうまくリンクしていて上手い脚本だなと感じた。あの尺の中でしっかりと5人の成長も描ききったのは流石としか言いようがない。

「げ〜ぺ〜う〜」の「ちゃぶ台返し」と宮井について

「SIVA」の制作も順調に進み、完成間近となったところで、当初の元請けだった「げ〜ぺ〜う〜」から横槍が入る。「げ〜ぺ〜う〜」の要求は自身達を元請けとしてクレジットさせることで、あおいは一度心が折れそうになるも再起し、宮井(アシスタントP)と共に「げ〜ぺ〜う〜」に直談判しに行き、「げ〜ぺ〜う〜」の横槍を見事跳ね除けることに成功する。

これはTVシリーズ23話「続・ちゃぶだい返し」をなぞらえた展開であるが、一つだけ違いがある。それは、前回乗り込んだのは木下(監督)、渡辺(現社長)、葛城(メーカーP)の3人であったのに対し、今回はあおいと宮井だったことだ。

宮井というキャラクターはあおいのパートナーとしての役割を持っている。渡辺にとっての葛城のような存在だ。つまり、アニメの企画の部分を一緒にまとめていくパートナーだ。出会った初日に荻窪で飲み明かし、脚本会議にオーディション、「げ〜ぺ〜う〜」への直談判と、最後まで一緒に行動している。

劇場版「SHIROBAKO」の一つのテーマに、時の流れに伴う世代交代があったと思う。渡辺と葛城は、その役目をあおいと宮井に引き継いだのだ。「げ〜ぺ〜う〜」への直談判が成功した後、渡辺と葛城があおいと宮井に頭を下げて礼を言うシーンは泣きそうになってしまった。きっとこれからはあおいと宮井が新しい企画を作っていくのだろう。

ラストシーンに込められたもの

「げ〜ぺ〜う〜」の横槍を跳ね除けたあおい達は、なんと公開3週間前に「SIVA」を完成させた3。しかし、あおいと木下(監督)は、「お客さん目線で面白い作品になってるのか」という部分で納得が行かないが、作り直しとなるとデスマーチ確定、しかもうまく行くか分からないという状況に動けなくなってしまう。あおいと木下は覚悟を決め、ムサニメンバーに相談し、背中を押された上でラストシーンのリテイクを決定する。そしてラストには、作り直された「SIVA」のラストシーンが流れ、劇場版「SHIROBAKO」はエンドロールに入る。

このラストシーンこそ、劇場版「SHIROBAKO」がTVシリーズから先に進んだもっとも重要なシーンだと思う。TVシリーズでは「完成させること」を目標にしていたが、劇場版では3週間前に一旦完成してしまった。つまり、完成させることだけに囚われていたTVシリーズから、先に進む猶予と選択肢が与えられたのだ。あおいはアニメを作る理由を「アニメと、アニメを作る人達が好きだから」と考えていたが、その先で何をしたいのかに悩む。あおいは考え抜いた上、「お客さんに届けること」、つまり「お客さんが楽しめる作品を作りたい」という答えを出し、ラストシーンの作り直しに向けて動き出す。

しかし、あおいの出した答えは言葉で伝えることができない。アニメ制作に込められた思いは、作られたアニメでしか伝わらないからだ。だからこそ劇場版「SHIROBAKO」のラストは、リテイクされた「SIVA」のラストシーンだったのだと思う。全力で作り上げた劇中劇を通してお客さんに「楽しんでもらいたい」という思いを伝える、それがこのラストシーンにメタ的に込められていたのだと思う。

もうひとつ込められた思いがある。それは「SIVA」のラストシーンで描かれていたものだ。「SIVA」は敗戦で終わり、主人公達が「アルテ」やその仲間達(特に子どもたち)を脱出させるシーンで終わる。脱出に成功した「アルテ」は、主人公達との別れを惜しむだけでなく、「悲しいことがあっても前を向いて行きていかなくちゃ」と決意する。このシーンにはきっと、「悲しいことがあっても前を向いてほしい、アニメから元気と勇気を貰って欲しい」というメッセージが込められているのだと思う。

もちろん上記2つが正しいかは分からないけれど、アニメでしか伝えられない想いを劇中劇で伝えてくれるのがこの劇場版「SHIROBAKO」なのだと思う。

最後まで諦めなかった人たち

エンドロールが流れたあと、ムサニのいつも朝礼のシーンでこの映画は締めくくられる。そのシーンで描かれていたホワイトボードには、「真・三女」なる新企画を筆頭にした、様々な予定で埋め尽くされていた。このことから、「SIVA」は無事にヒットし、ムサニは復活したことが分かる。いやもうラストマジで泣きそうだったよ。本当に良かった...

あおいを筆頭に、誰もが諦めなかったからこそ「SIVA」は無事に完成し、お客さんに受け入れられ、ヒットした。その諦めなかった人たちには、もちろん裏方も含まれる。その一人は興津(総務)だ。興津は「タイマス事変」後、非常勤になりながらもムサニを支え続けた。あおいが「げ〜ぺ〜う〜」に乗り込むシーンでは、興津が「タイマスの時に使えなかったものよ」といいながら、一張羅である着物をあおいに渡す。つまり、興津はあおいが「タイマス事変」の時に製作会社に乗り込むことを期待していたのだ。興津が諦めていなかったことが感じられて泣きそうになった。

そしてもう一人が渡辺(現社長)である。これは個人的な予想だけど、渡辺はあおいが「SIVA」の話を断ったらムサニを畳むつもりだったんだと思う。それくらいあおいに懸けていたのだ。そしてあおいは「SIVA」を引き受けた。だからこそ渡辺はあおいに「SIVA」を任せ、「最後」の先に向かって動き出した。劇中では渡辺と「三女」の原作者である野亀が打ち合わせをしているシーンが描かれていたが、それはあおいが「SIVA」を成功させると信じて、「SIVA」の次の仕事である「真・三女」を取るために動いていたシーンだろう。渡辺も本当にムサニが好きで、ムサニの未来を諦めずに「最後」の先に向けて動いていた。その事実が分かったホワイトボードが、何よりも何よりも嬉しかった。

SHIROBAKO」らしさ

長々と書き連ねてしまったが、まだ語れていないシーンがいっぱいある。それくらい濃密な映画だった。SHIROBAKOは群像劇で、一人ひとりがプロとして自覚を持って仕事してる。だからその人たちの分だけ物語があって、何度見ても新しい発見がある。それが私が感じる「SHIROBAKO」の「らしい」ところだ。

キャストが役に込めた想いも聞いてみたいと改めて思った。本当は舞台挨拶を見る予定だったのだけど、残念なことに中止になってしまった。またの機会があるといいなあ。

最後に、やっぱりムサニメンバーが本当に好きだなと思った。ムサニがこれから軌道に乗り続けて、数年後にまたムサニメンバーが再結集するような新作がみたいと、心から願っている。


  1. 気になったんだけど、なんで遠藤の奥さんは遠藤の事を「遠藤君」呼びしてるんだろうか。立ち直るまではほぼ全面的に支えるけど、最後の一線で甘やかさないために名字呼びにしてるのかなと思ったけど想像でしか無い。 (2020/3/1 追記) https://twitter.com/ShirobakoScript/status/1233911265413627904 全然関係なかった。遠藤の奥さん天使やんけ!!!

  2. 落合の描写を確認できなかったのがちょっと残念かも。あったかもしれないのでもう一度見に行こう。

  3. いやあのスケジュールでそれは無理じゃない?と思ったけどそれはおいておく。